本間宗究(本間裕)のコラム

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2023.11.27

「神のお金」と「人のお金」

最近、海外で指摘され始めたことの一つに、「神のお金」と「人のお金」の区別が存在するが、実際には、「GOLD(金)」と「GOOD(善)」と「GOD(神)」が同義語であるとともに、「金(ゴールド)の残高」が限られているために、「神のお金を意味している」という理解のことである。また、「人のお金」については、「紙幣」や「預金」、あるいは、「債券」や「デリバティブ」などのように、「金(ゴールド)」の信用から派生した金融商品を意味しており、この時の注意点は、「預金」を例にとると、「民間企業や個人にとっては資産でありながらも、一方で、民間銀行にとっては負債である状況」が挙げられるのである。

つまり、「カウンターパーティーリスク」という言葉のとおりに、「負債側の取引相手が破産すると、資産価値そのものが失われてしまう性質」を持っており、この点については、すべての「人のお金」に共通する点とも理解できるのである。別の言葉では、「お金は金(ゴールド)であり、その他はすべて信用である」という言葉のとおりに、「相手を信用してお金を貸したのが、預金や紙幣、あるいは、国債などの金融商品」ともいえるのである。

より詳しく申し上げると、100年ほど前の「通貨制度」においては、「金貨本位制」が採用され、「純金に近い貨幣が使われていた」という状況だったが、その後は、「不換紙幣」や「預金」、あるいは、「債券や国債」、そして、「デリバティブ」などの金融商品が大膨張した状況だったことも見て取れるのである。つまり、「人のお金」が、大量に作られたわけだが、この時の問題点は、「数量に限りのある商品に資金が流れた時に、価格が暴騰する可能性」とも考えられるのである。

具体的には、「単なる数字であるデジタル通貨」が、コンピュータネットワークの中で、「デリバティブなどの金融商品」に向かっている間は、「人のお金」が「人の作った商品」に向かっているために問題が発生しなかったが、現在は、「貴金属」や「非鉄金属」、あるいは、「原油」や「農産物」など、数量に限りのある「実物資産」、すなわち、「神の造った商品」に、大量の「人のお金」が流れ始めた状況とも考えられるのである。

そして、結果としては、「商品の需給関係」において、「硬直した供給曲線を、無限大の需要曲線が昇り上がる構図」、すなわち、「大量の資金が流入するものの、供給に限りがあるために、価格が暴騰する展開」が想定されるが、この点については、以前から申し上げてきた通りに、「劇場の火事」のような状態、すなわち、「通貨価値の下落におびえた人々が、慌てて、実物資産を購入し始める状況」も想定されるようである。