本間宗究(本間裕)のコラム

* 直近のコラムは、こちら

2023.4.13

日本の超低金利政策

日銀総裁が「黒田氏」から「植田氏」に引き継がれたことにより、現在の「市場の関心事」は、「いつ、日本の超低金利政策が終了するのか?」に移行しつつある状況とも思われるが、この時に必要なことは、「1999年に、なぜ、ゼロ金利政策が実施され、その後、20年以上も、実質的に継続されたのか?」を考えることである。つまり、「金利上昇の条件が、日本で整ったのか?」を判断することでもあるが、この点を理解するためには、「1999年当時の金融情勢」を振り返る必要性があるものと感じている。

具体的には、「1997年から始まった世界的な信用収縮」のことでもあるが、この時の「日本の金融情勢」としては、「民間金融機関の負債である巨額な預金」、そして、「日本政府の負債である日本国債」に対して、「3%程度の金利を払うと、日本の金融システムや日本の国家財政が破たんする危機に見舞われていた状況」だったのである。そして、この時の救世主となったのが、「デリバティブの大膨張」であり、実際には、現在の「G―SIBs(グローバルな金融システム上重要な銀行)」を中心にして、「オフバランス(簿外)の勘定で、デリバティブの大膨張」が始まった状況のことである。

別の言葉では、「デリバティブの大膨張」により、「中央銀行のバランスシート大膨張が避けられた」という状況だったが、実際には、「中央銀行のバランスシート大膨張」が意味する「従来のリフレーション政策」から「紙幣の大増刷」へという道筋のことである。しかも、「約8000兆円から約8京円」という「デリバティブ残高の大膨張」により、「世界的な超低金利状態の発生」のみならず、その後の「デジタル通貨を活用したGAFAMなどの企業群の成長」へと繋がったことも見て取れるのである。

ただし、その後の注目点としては、「デリバティブバブルの崩壊」を象徴する「2008年のリーマンショック」と「その前後のGFC(世界的な金融大混乱)」であり、この結果として発生した変化が、その後の、「世界的な量的緩和(QE)」だったことも理解できるのである。別の言葉では、「デリバティブのバブル崩壊」を隠蔽するために、「もう一つの世界的な債務バブル」を発生させた状況のことでもあるが、現在は、これらの「目に見えない金融ツインタワー」そのものが、崩壊を始めていることも見て取れるのである。

そのために、現在、世界各国の中央銀行が模索しているのが、「CBDCの発行」とも思われるが、この点については、実現可能性が極めて低く、反対に、世界的な「ハイパーインフレ」の発生原因になるものと考えている。