本間宗究(本間裕)のコラム

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2021.8.16

戦後77年目を迎えて

「戦後77年目」を迎えた現在の感想としては、やはり、「明治維新の功罪」であり、また、「神の計らいの偉大さ」である。つまり、私自身は、今まで、「天皇を絶対君主に祭り上げ、廃仏毀釈を実施しながら、富国強兵にまい進してきた日本人」に関して、「明治維新からの約77年間が、戦争の愚かさに気づかされた時代」であり、また、「戦争からの77年間が、お金の魔力に気づく時代」だと考えていた。

別の言葉では、「なぜ、1945年の日本人は、天皇万歳と叫びながら、自分の命を犠牲にしたのか?」を考え続けてきたわけだが、現時点では、「当時の人々は、肉体を犠牲にしながらも、自分の心は守れたのではないか?」とも感じている。しかしながら、一方で、「現代人は、神様となった現代通貨を崇拝しながらも、肉体も心も守れない状態ではないか?」、より具体的には、現在の「皇室の金銭問題」に象徴されるように、「日本人の精神が、完全に腐りきった状態」を表しているようにも思われるのである。

ただし、このことは、一方で、「日本人が、再び、新たな挑戦を始める段階」に差し掛かったことを意味する出来事のようにも思われるが、実際には、「東洋の新時代」が始まりを告げる可能性のことである。そして、この点に関して、私が驚かされたことは、「神の計らいが、どれほど、奥深いものだったのか?」ということであり、具体的には、「数千年前から、お金や文字を人類に与え、また、哲学により、神の真理に到達させようとしてきた事実」のことである。

つまり、現在の「世界的な自然災害」についても、「地球に風邪をひかせて、人類に気づきを与えようとしている状況」とも思われるのである。別の言葉では、「自然科学と社会科学の発展段階」に格差をつけることにより、「人類の覚醒が、一挙に進展する可能性」が存在している状況とも考えているが、この点については、「77年前の日本人が、一挙に、覚醒を始めた状態」が参考になるものと感じている。

つまり、今回は、「皇室までもが、世俗的な金銭問題に固執している状態」となっており、このことは、「現人神から一般人へ」という「77年前の変化」よりも、はるかに重大な意味を持っているものと感じられるのである。より具体的には、「世界中の人々が、これから、何を崇拝して生きていくのか?」、すなわち、「何を、人生の拠りどころとするのか?」ということでもあるが、実際には、「11次元にまで発展した物理学」などのように、きわめて神秘な世界が待ち受けており、絶望している暇がない状況のことである。