本間宗究(本間裕)のコラム

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2019.10.9

失敗の本質

「明治維新以降の日本人」については、基本的に、「明治維新から第二次世界大戦の敗戦までの期間」と、「戦後から現在までの期間」に大別されるものと考えている。そして、どちらの場合にも、「前半」と「後半」に分かれる状況を想定しているが、興味深い点は、後半の部分が、前半と様変わりになる状況である。つまり、前半は、驚くほどに輝いていたものが、後半では、「失敗の本質」という本に書かれているように、別人のような状態に変化する状況のことである。

より具体的には、「明治維新(1868年)」から「日露戦争(1905年に終了)」の期間が「前半の前半」に相当するものと考えているが、この時には、ご存知のとおりに、「西洋の列強に追いつき、追い越せ」という「明確な目標」が存在したことも理解できるのである。つまり、既に存在する商品や技術を、海外から導入することが主な目的であり、この時に重要な役割を果たしのが、「速い頭脳の持ち主」という「すでに答えが存在する問題を、広く、かつ、正確に答えることができる人物」だったのである。

しかし、「1931年の満州事変」の頃には「国内の状況」が変化しており、すでに、「日本は神の国だから、決して、戦争に負けるはずがない」というような「根拠のない神話」が成立していたものと考えられるのである。別の言葉では、「軍事面において列強の仲間入りをした」というような認識のもとに「八紘一宇」というスローガンを掲げ、「帝国主義国家」としての行動を始めたものと考えられるのである。

つまり、前例のない「未知の局面」に入ったものと思われるが、このような状況下で必要な人材は、「強い頭脳の持ち主」という「答えのない問題を、粘り強く考え続ける人材」とも言えるのである。しかし、実際には、「後半部分においても、速い頭脳の持ち主たちが、前例主義に則り、何度も同じ間違いを繰り返した状況」だったようだが、注目すべき点は、「戦後の日本」においても、「経済戦争」において、同様の展開となっている可能性である。

具体的には、「1980年前後」までは、「世界的にも稀な高度経済成長」を達成したものの、その後は、再度、「官僚主義」がはびこり、結果として、「未知の局面」に対して有効な手段が取れなくなった状況のことである。そして、結局は、「異次元の金融緩和」という典型的な「通貨の堕落政策」を実施したわけだが、このことは、「神風特攻隊」や「大本営発表」のような「自殺的行為」に走った状況を想起させるとともに、現在では、「金融敗戦」が近付いている段階のようにも感じている次第である。